ゲーム機破壊の話をきいて思い出した

バイオリニストの高嶋ちさ子さんが、子どものゲーム機を壊した話を新聞に載せて炎上したのが、もう3日前くらいでしたっけ?

家庭の教育方針ってのはそれぞれなんで、まあ、そんなお母さんもいるよねっていう程度の感想しか抱いていませんが、それで思い出した話。

 

ぼくが小学校低学年のときに巷ではポケモンが大流行。

我が家ではなかなかゲーム機は買ってもらえなかったのですが、ポリゴンピカチュウがフラッシュで全国の小学生にダメージを与えたあたり(1997年12月)でやっと買ってもらって夢中になって遊びました。

が、あまりにものめり込みすぎてしまって、ゲームは一日一時間の約束をロクに守らない上に、四六時中ポケモンのことばかり考えていてあらゆる問いかけに生返事、みたいな状態になっていました。

まあ、何事もやり過ぎはよくありません。

見かねた両親はある日、僕からゲームボーイを没収

そこは幼少期の僕、大号泣。最終的に僕の口から出てきた言葉は、

「死にたい。」

でした。

両親は大騒ぎ。この事件は連絡ノートを通じて学校の先生にも伝わりました。

 

当の僕自身はというと、あんまり騒ぎになってる理由が理解できませんでした

まあ、人の死を身近に感じたことがなかったというのが理由だと思います。まだ7歳やそこらだったし。

何度か父の部屋をひっくり返したりしました(反省してない)がついに発見できず、とうとう父もゲームボーイのありかを忘れてしまって今に至ります。

 

この「死にたい」騒動、今となっては周りの大人が大騒ぎした理由はわかります。

当時から極端なことを言うきらいのあった僕が、まず第一に悪かったのも理解できます。

 

とはいえ、当時を思い出すと、自分にとってゲームほど魅力的なものはなかったと思います。

子供どうしで遊ぶとなると、ゲーム以外ではサッカー、草野球、鬼ごっこ、と足が速かったり動体視力が良かったりする子が有利なものばかりで、足の速さはクラスで下から数えた方が速かった僕は外で遊ぶのが嫌いでした。

しかも、ド田舎の出身なので小学校は1クラス。クラス替えはなく、「どうせコイツには勝てない」という状況が6年間続くわけです。

疲れる上に敗北感しか覚えないことがわかっているなら、そりゃあ外でなんぞ遊びたくありません。

いくら年齢ヒトケタの子どもでも「体さえ動かしてりゃ楽しい」なんてことはないのです。

 

一方、ゲームではそんなことはありません。

万人が楽しめるように絶妙に調整された遊びが提供されるわけで、勝ったり負けたり作戦立ててリベンジしたりがすごく楽しかった。任天堂すごい。

さっきの外遊びが苦痛だった話を踏まえると、そりゃあゲームしてるほうが魅力的だよね、という話です。

 

しかも、視野の狭い小学校低学年です。

外で遊ぶのが嫌いなら、ゲームの他に楽しいものはテレビくらいしか知らない。

でも、面白いテレビ番組は限られている(当時は日テレの全盛期でマジカル頭脳パワーとかウリナリとか熱心に見てた気がする)し、受動的に見るだけで自分でどうこうする余地はなし。しかも、好きな番組は週1の決まった時間にしか流れない。

本は嫌いじゃなかった(読んでたら褒めてもらえるし)ですが、この時期は「絵本は卒業したけど児童書(ズッコケ三人組etc.)を読むのはしんどい」という微妙な時期。それに静かな娯楽ですから、ゲームの刺激には勝てません。

妹はいましたが、趣味が全く合わない兄妹だったのであまり一緒に遊ぶことはありませんでした。

ビーダマンだとかベイブレードだとかが流行るのはもうちょっと後です。ミニ四駆もそんなに好きじゃありませんでした。

 

そんな子どもからゲームを取り上げたら、まあそりゃあ大人から見ると考えられないくらいのショックだろうなあと思います。

それこそ、「ゲームがこの世の全て」のような状態なわけですからね。

ゲームなんてなかった時代に生まれた両親にはきっと理解できなかっただろうと思います。

父なんか、たぶん体動かすの好きな方だったでしょうし。

 

その後も僕はしばらくゲームに執着しつづけることになりますが、結局、ゲーム漬けの生活からはいつしか卒業して、中学あたりからコンピュータに興味を持ちはじめ、春からITエンジニアとして働くことになりました。

ゲームなんて暇つぶしとコミュニケーションツールなので、他にもっとやりたいこと見つけたら、やり過ぎるほどはやらなくなるんじゃないですかね。

やりたいこと見つけさせるために、子どもを色んなところに連れて行くのって大事ですね。

田舎だとまあ連れていける場所も限られてるわけですが……例えばクラシックのコンサートとかほとんど都会でしかやってないんじゃ?

それを思うと、スポーツ少年団やらピアノ教室やら公民館行事やら、「これやらない?」「これどう?」と色々と提案してくれてた母は興味持てること見つけてほしかったんでしょうね。

頑固さを発揮して、たいてい「いやだ」って返してた自分を戒めたくなるなあ。特にピアノ習わなかったのは後悔してる。

 

ただの回顧録なんですが、無理やりまとめるなら、

  • ゲーム大好きな子どもにとって、ゲームはこの世の全て
  • 子どもを色んなところに連れてくのって大事

ですかね。なんか2番目が生意気。子どもどころか結婚もしてないのに。

 

理系をこじらせたのかなんなのか、こういう情緒的な文を書くの、苦手です。では。

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